幸せとは何か考えたときにいちばんに顔が浮かぶ人
とても久しぶりに雑誌を買って熟読しています。
クロワッサン 2018年1月10日号 No.964 [ともに歩む作法、捨てる作法。] [雑誌]
- 出版社/メーカー: マガジンハウス
- 発売日: 2017/12/25
- メディア: Kindle版
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これ。私は昨年末に離婚したばかりなのですが、夫婦とは結婚とは何なのかという思いがどこかにあるみたいで、これを読みながら深く考えたいと思いました。まだ読み始めで最初の特集記事である木皿泉の夫婦インタビューを読んだだけなのですが、これをじっくり読めただけでも買ってよかったなと。
私たち元夫婦は木皿泉夫婦とは似ても似つかない夫婦でした。でも繰り返しますがこのインタビューを読んでよかった。おふたりのことを何も知らない私が勝手なことを言いますが、和泉務さんも妻鹿年季子さんもお互いひとりで懸命に生きてきたご褒美に神様がめぐり合わせてくれたんじゃないでしょうか。孤独に耐えられなくて元夫といっしょにいた私とは大きく違います。私がいつか誰かと巡り合うことがあったなら、その人とはおふたりのようにいろんなことをたくさんしゃべりたいです。たくさんたくさん話したい。
おふたりのインタビューで特に印象に残った言葉を引用しておきます。
「手をかけると、手放すのがもったいなくなるんや。」
これは和泉務さんの言葉です。本当にそうだ、夫婦だけでなく友人関係でもそうだなと。私はマイナスの意味でこの言葉を実感しがちなのですが、プラスの意味で実感するのって想像するだけでとても幸せだと思います。愛しさがどんどん増してきて、その人を思うだけで自然と笑顔になるような。
「最悪意識がなくても、 この人のイメージみたいなものがこの世にあるんだったらいいやって」
これは和泉さんが脳出血で倒れて手術を受けているのを待っているときのことを振り返って妻鹿さんが言った言葉です。このとき自分なりの幸せの定義がはっきり分かったと。
幸せとは何か考えたときに、私はいちばんに息子の顔を思い浮かべました。この子と楽しく日々を暮らすことがいまの私の幸せなんだなと。妻鹿さんがおっしゃるように、それが分かっていること自体が幸せなんだなと私も思います。先ほどの和泉さんの言葉も、息子に置き換えて考えればとてもしっくりと響きます。育児は楽しいだけでなくてとても疲れるし大変だけど、手をかければかけるほど愛しさが増して、子を見ているだけで自然と笑顔がこぼれてくる。これは当然のことではなくて、こんな風に思えているいまの私は幸せだと心から思います。