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ちゃらんぽらん日記

日々のあれこれ

宮本輝『錦繍』を読んで

読書

 久しぶりに小説を読んだ。会社の幹部が学生の頃に卒論のテーマとして選んだ小説だと紹介してくれたものが、たまたま本棚にあったのでこの3連休で読んでみた。以下、感想を書く。

 読み終えて『錦繍』というタイトルから感じるものは、冒頭の蔵王の、また終盤の料亭の庭の紅葉の、赤の緑の黄の、そして星空の美しさ。その下で複雑に入り組みながら綾なす男と女の人生。

 それは哀しみを孕み、苦しみに満ちたもので、読中はうす汚れているとさえ感じさせるものだが、読後は清々しい。それは、有馬靖明と星島亜紀が互いに文を交わすことで<過去>を受け入れ、<いま>と真摯に向き合う覚悟を決めたからだろう。

 亜紀の不具の息子、四つ指の令子の祖母、そして精神的不具だったと言える靖明と亜紀。

不具なら不具のままに、出来うる限り正常な人に近づけるよう、何が何でも<いま>を懸命に真摯に生きるしかない

 これは亜紀の書いた言葉だ。それは不具への否定ではなく不具としての努力しながら生きる生き方への肯定だろう。

 この作品は、苦悩に満ちながらも<いま>を生きようとする者への壮大なエールだと私は受け取った。

錦繍 (新潮文庫)

錦繍 (新潮文庫)

 

 

 

【補足】

尚、上記について私は概ね肯定的に受け取ったが、それは一方で私の身近な問題を想起させ、今後のテーマとしてあぶりださせた。私には重度の知的障害者である姉がいるのだが、私の両親が語ったひとつのエピソードを思い出したのだ。姉が小学生の頃、姉に文字を懸命に教え込もうとする教師に向かって私の両親は「そんなことをして何になるのか」と問うたと言う。その発言に対して私の考えはまだまとまっていない。障害者でも納税者になり、政治的な発言権を持つべきだという考えを私が知ってから数年になるが、では知的障害者に関してはどうなのか、その辺の勉強がまったくできていないことが明らかになった。今後も継続して勉強していきたい。

保険の話

保険

 今回、火災保険の見直しに伴い、生命保険とがん保険にも入ることにした。その際に参考にした本やホームページについてまとめておく。

 

1.どの保険に優先的に加入するか

 保険を考えるときに、自分が何に備えたいのか明確にし、優先順位をつけることが重要だ。私が当初考えていたのは、生命保険、ケガの保険、医療保険、個人賠償責任保険の4つだった。結論としては、生命保険、がん保険、そして個人賠償責任保険は火災保険で1億円まで保障されるものに加入した。

 保険はそれぞれの個人や家庭の状況に応じて入るもので、必ずしも友人が入っているから自分も入った方がよいというものではない。しかし保険を検討し始めた当初の私も含めたいていの人は、自分がどういう保険に加入すべきなのかを適切に知らないものだ。そこで私が参考にしたのが下記のサイトだ。

hoken-kyokasho.com

 このサイトには、どういう人にどの保険が必要なのかということをはじめ、公的保障についても言及しつつ必要最小限の保険に加入しようということが書いてある。不安に駆られて保険の加入を検討し始めた人の頭を一度冷静にして考えさせてくれるという効能を持っている。

 私はこのサイトを参考にし、夫婦共働きで子どもが小さいので一番には生命保険に、次にはケガや病気にも備えたいけれどそれらは貯金でまかなえなくもないので、それよりももしもの場合に大きな出費になりそうながん保険に加入することにした。これに関しては、下記の本も参考になった。

生命保険の「罠」 (講談社+α新書)

生命保険の「罠」 (講談社+α新書)

 

  この本によると、保険には貯金が間に合わない順すなわち日常的には準備できない金額が必要となる順に入ったら良い。また、保険とは不測の事態に備えるものである。たとえば学資保険や子供保険といったものは資金需要が発生する時期が見えているため、保険以外の手立てがあるので、加入する必要はない。これは保障と貯蓄は分けて考えたほうが良いという話にも繋がる。複数の本で一致していたことだが、今の時代、利率が非常に低いので、保険で貯金するメリットはないのだ。

 

生命保険のカラクリ (文春新書)

生命保険のカラクリ (文春新書)

 

  ほかに複数の本で一致していたことは、貯蓄こそが最大の備えとなるため、保険に加入するだけでなく堅実に貯蓄することが必要だということだ。私の家庭では教育資金と旅行資金、その他資金を積立貯金や財形貯金を用いて貯めている。

 

 2.生命保険について

 今回、ほけんの窓口を利用して検討を行ったのだが、はじめに提示された商品は死亡保障としても使え貯蓄性もあるものだった。当初私は保険について無知に近かったため、貯蓄性があるという点に大いに惹かれてしまった。そういう人は多いだろう。しかし、私が読んだどの本でも共通していたのは、生命保険は掛け捨ての定期保険で十分だということだ。まず多くの人が誤解していることだが、保険というのは先ほども書いたように日常的には準備できない金額が発生する不足の事態に備えるものだ。そして次に生命保険というのは万人に必要なものではないし、ひとりの同じ人でも人生の段階によって必要なときとそうでないときがある。たとえば私の場合、息子が独立するまでは夫婦のどちらかが死んでしまったら大いに困るが、息子の独立後はお互いに働いているためどちらかが死んでしまっても自分の食い扶持は稼いで生きていくことができる。ということは私の場合、息子が独立するまでの20年間のみ死亡保障があれば良い。すなわち、終身保険は必要ないということだ。(私は20年間の保障が充実しているという基準で商品を選び、20年間何もなければ加入した保険を解約することに決めている。)掛け捨ての定期保険にすれば、保険料もかなりやすく抑えることができる
生命保険のウラ側 (朝日新書)

生命保険のウラ側 (朝日新書)

 

  この本にはそのことが保険の「利用価値倍率」というものを用いて分かりやすく解説してあったので気になる方はご一読を。

 最後に、生命保険を考えるときに必要補償額が大事になってくるのだが、それについては別記事に書きたい。

 

3.がん保険について

 もともとケガの保険や医療保険を検討していたのだが、ネットで調べたり本を読んだりしているうちにケガや病気に備えるよりもがんに備える方が優先度が高いと思うようになった。それはケガや病気よりもがんの方が日常的には準備できない金額が必要となると考えられるからだ。

hoken-kyokasho.com

 これを参考に、下記のことに注意して商品を選んだ。

  1. 診断給付金(一時金)を中心に選ぶ。保障額としては50万~100万円。できれば上皮内新生物に対しても備えられ、給付条件に入院が入らず、2年以内に複数回支払われるもの。
  2. 次に優先するものとしては抗がん剤治療給付金(月額10万円)、放射線治療給付金(月額10万円)。
  3. できれば先進医療給付金をつける。

  まず1に関しては、すべての条件を満たすものはなかなかなく、結果としては給付条件に入院が含まれるものになってしまった。保障額は100万円、上皮内新生物にも備えられ、2年経過後に入院していれば複数回支払われるものを選んだ。2、3は満たし、また、がんになった時には以降の保険料の支払が免除される特約をつけた(無料)。

 契約はほけんの窓口を介して行ったが、自分で主体的に調べて条件を決めていけば、利用する価値のあるところだと感じた。

 

 以上が今回の保険選びで学んだことだ。数年後の自分がどうしてこの保険に入ったんだっけと思ったときのために書いたが、読んでくださった方にとって少しでも参考になったらうれしい。

 

夫と息子には理不尽な経験をしてほしいねと話したことについて

日記 育児

1.夫の体験について

 昨夜夫が突然、「理不尽な経験って大事だよね」と言い出した。夫は中学から大学まで陸上をしていたのだが、そのための寮生活で散々理不尽な経験をしたらしい。私も運動部を少し経験しているので特に先輩後輩関係の理不尽さは想像がつく。夫はその中で仲間の大切さを学んだと言う。

 人は理不尽な経験をすると現状を変えたいと思う。しかし夫はそのために自分だけが反抗することはしなかったらしい。自分だけが歯向かったとしても連帯責任を取らされみんなに迷惑がかかると考えたからだそうだ。その中でひとりはみんなのために、みんなはひとりのためにということを学んだと言う。本当に現状を変えたかったら、現状を変えられる立場になるまで忍耐したらいいと夫は言った。その方が早いと。

2.私にとっての理不尽な経験について

 一言で言うと思考の始まりだ。理不尽な経験とはしばしば「どうして私だけがこんな目に遭わなければならないのか」ということだと思う。私が生きてきた中で一番大きな理不尽な経験は病気になったことだろう。以来、長い間なぜどうしてと考え続けてきた。現在は自分の病気を受け入れているが、その過程で少しは人間として成長できたと私は思っている。それを通して自分の人生を納得して生きることができるようになった。理不尽なことを経験し、それを受け入れて生きることは人生に対する大きな示唆を与えてくれるだろう。

3.夫と私の会話の結論

 その理由に違いこそあれ、二人とも理不尽な経験は大事だという結論に至った。だから息子にも理不尽な経験をしてほしい。しかし、親がそれを故意にさせることは必要ないと私たちは思っている。なぜなら、理不尽な経験とは、生きていれば自ずと出会うものだからだ。

4.異文化と出会う

 とは言っても、子どもが成人する前に理不尽な経験をすることができるような環境を作ることであれば親にもできるだろう。理不尽なことは、異質なもの、つまり異文化に出会ったときに経験することが多いのではないか。異文化と出会う機会にはどういうものがあるだろうか。

  • 価値観の違う人(外国人、世代の違う人、育った環境の違う人)と接する
  • 読書、映画鑑賞
  • 生活する環境を変える

 まず、馴れ合いの人間関係から理不尽なことは生まれやしないと私は思うので、様々な価値観の人と接すると良いと思う。そのために留学やホームステイをするのも良し、自分の住む地域のマイノリティと接するのも良し、両親の同僚や友人、祖父母と接するのも良し、学校で多くの人と交流するのも良しだ。また、人の考えを知るという意味で本を読むのも良いし、より視覚的に物事を捉えるために映画を観るのも良い。親としてはこれらを与えるのを惜しむことはしたくない。高校や大学で育った地域や国を離れて暮らすのも良いだろう。

5.最後に

 始めの方の夫と私の体験を読んでお気づきの方もいるだろうが、私たち夫婦はまさに異文化交流だ。夫婦には似ている者同士がなることもあれば、異なる者同士が惹かれ合うこともあるだろう。私たちは後者だ。衝突が避けられず大変ではあるが、家庭には異なる価値観があった方が子どもにとっても良いと私は思っている。価値観は違えど今回のように考えが一致することもあるわけで、その都度お互いのことを深く知りながら子どもにとってより良い家庭生活を送るには何がいいのか共に考えていきたいと改めて思った。

 

 

息子を保育園に預けてみて感じること

 息子が保育園に行き出してひと月が経ちました。最初の1週間こそ毎朝泣いたものの、今ではすっかり慣れて、お迎えに行くと心底うれしそうな幸せそうな顔をして保育士さんに抱かれているので、私は心から安心しています。

 この1ヶ月と少しの間、私は保育園のありがたみを噛み締めています。もちろん預けられること自体がものすごくありがたいのですが、最近は「保育園は子育てパートナーだ」という言葉の意味が実感として感じられています。たとえばトイレトレーニング、飲み物をコップで飲む練習、スプーンで食べ物を食べる練習、どれを取っても最初の段階から相談してプロの意見を聞けることがとてもありがたいです。

 振り返ってみると、保育園に預ける前、自分で息子を見ていたときは自覚していた以上に孤独だったのだなと思います。離乳食ひとつ取っても、息子が食べないとその全責任が自分にあるかのように感じ、本やネットで調べて知識をつけたり、ほかのお母さんたちに相談して自分を安心させたり、そういうことでいっぱいいっぱいで、常にプレッシャーにさらされていたな、と改めて思います。

 お母さんたちが同じお母さんたちとの繋がりを求める理由が手に取るように分かった気がします。きっとお母さんたちは孤独で、不安で、相談する相手を求めているのだと思います。そんな私たちお母さんに、保育士さんというプロの存在は本当に大きいものです。息子にも私にもいつも優しく、労りや励ましの言葉をかけてくださる方さえいます。しみじみと感謝の気持ちでいっぱいです。この環境で息子といっしょに私も少しずつ成長していきたいな。

 最後に、子育てにまつわる色んな問題がありますが、喉元過ぎれば熱さ忘れるとならないよう、今後も継続してそれらについて関心を持っていきたいものです。

保育園準備

育児

 今年の1月から息子は保育園へ通い始めました。そのために準備したものをまとめておこうと思います。

保育園から渡された準備物リスト(0歳児)

  • おむつ:8枚(紙おむつ、名前記入)
  • 下着(肌着):3枚(半そで、ランニング)
  • 上着、Tシャツ、トレーナー等:3枚以上(フード付、ひも付は不可)
  • ズボン:3枚(つなぎは不可)
  • おしぼり:2枚
  • エプロン:3枚
  • ビニール袋
  • 連絡帳(保育園が準備したものを毎日持参
  • 通園バッグ 

  この他にも息子は毎日5枚ほどスタイを持って行っています。

 この中で新たに準備したものは、

  • 半そで肌着(ロンパース
  • トレーナー、ズボン(
  • 通園バッグ

くらいですかね。肌着は西松屋で、トレーナーとズボンは子育て支援施設で月に1度開催されているフリーマーケットで手に入るだけ購入しました。それぞれ6枚くらいずつ持っていますが、ぎりぎり回っている感じなので、今日また追加で購入しようと思っています。通園バッグはイオンに入っているファンシーショップでスヌーピーのファスナー付トートバッグを購入しました。3000円くらいだったかな。ファスナー付がおすすめです。

 その他に準備したものは

 

  これはなくてもいい気もしますが、疲れているときなどは重宝します。

 

  息子が通っている保育園は毎朝自宅で検温して行くことになっているので、通い始めてから急遽購入しました。これは本当に買ってよかった。それまでが検温に1分くらいかかるものを使っていたので、その間息子がじっとしていられないどころか暴れて暴れてとても大変だったので。

準備物リスト(1歳児で追加されるもの)

  •  パンツ:3枚(個人差あり)
  • 手拭タオル:1枚(ひも付)
  • 水筒(コップタイプが衛生的で良い)
  • 運動靴(サンダル不可)

 

  水筒はこれにしました。ひも付がいいかなとかキッズタイプがいいかなとか迷いましたが、保育園はふた付のものとしか指定していないし、これなら私たちも使えるので。

 手拭タオルは今手持ちのタオルに紐を縫いつけようと思っています。

 すべてのものに名前を書くのが地味に大変だったなー。特に洋服の名前書きが。おなまえシールはあるにはあるのですがほとんど使わなかったですね。

 以上です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家族・夫婦のあり方

日記 読書

うちの夫婦や家族のあり方について、前にスイセイが言っていた。それは「ドミトリー」という感じだと。言えてるなーと最近よく思う。ドミトリーというのは、安宿の相部屋のこと。何人かの旅行者で同じ部屋をシェアすることだ。それぞれは自分の日々を過ごしていて、夜部屋に帰ってきたら、その日にあったことを報告し合ったり、気が向いたらごはんをいっしょに食べたり、朝までお酒を飲んだりもする。誰とも話したくない時は、同じ部屋の中でも寝袋ひとつにくるまって、さっさと寝てしまう。

日々ごはん(2)

日々ごはん(2)

 

 

年末年始に家庭の中で大きな出来事があって、私たち夫婦や家族のあり方について悩み続けてきた。その中でふと今日、みんなが(この家族の構成員のひとりひとりが)家に帰るのを楽しみに思うような家庭にしたいと私は思った。楽しみというのはわくわくするという意味だけでなく、家にいることでほっと落ち着けるから楽しみだという意味も含む。要するにひとりひとりが安らげる家にしたいと思った。

 

そんなときに『日々ごはん②』を読んでいて、家庭にはみんなで過ごす時間とそれぞれがひとりで過ごす時間とがあって、それぞれが確保されて尊重されるのが私の理想の家庭だと思った。時を経るに従って状況が変われば、それに応じてその割合も変わるだろうが、たとえば今であれば、家庭の中で最も大切にされるべき人(息子)がはっきりとしているから、彼を中心に物事を考えれば良さそうだ。しかし彼のためにみんなで過ごす時間が多いほうが良いというのは安直な考えだと私は思う。確かにひとつの側面として私も夫も息子のために存在しているけれど、それがすべてではない。だからほかの側面も大事にした上で、みんなで過ごす時間(量)よりもその密度(質)を大事にしていけば良いのではなかろうか。

 

また、夫婦においては、私が何かとふたりで過ごしたがるのに対し、夫はどちらかと言えばひとりで過ごしたがる。そこでどちらかに合わせるのではなく、ふたりで過ごす時間は確保してその時間をより充実したものにしたらよいのではないだろうか。お互いにその考えが共有できていれば、四六時中べたべたとしていずともいっしょに希望ある未来を向いて共に歩んでいける気がする。

 

と、平凡な私の家族観を書いてみたが、高山さんとスイセイさんの家族観がすごいのは、上記に続けて以下の文章が来る点だ。

もしもその部屋のひとりが本当に危機のようなことになった時には、それぞれの予定や生き方をかなぐり捨ててでも、命がけでその人を助ける。と、まあそんな感じだろう。 

私たち家族もそうありたいものだが、まずはその気持ちを共有することから始めてみようか。

 

のろまに見えても真面目にやる

日記 読書

同じ仕事の時間を過ごすのでも、いいかげんに器用にやってしまうのと、のろまに見えても真面目にやるのとでは、得るものの中身がうんとちがう。その時はたいして気がつかなくてやりすごせても、後々、身についてくるものは雲泥の差っていう気がする。私は、亀のような真面目さんの生き方の方が好み。(22頁)

日々ごはん〈1〉

日々ごはん〈1〉

 

私はついいいかげんに器用にやってしまうタイプだ。事務系の仕事ではそれはともするといいことのように思われがちだ。でも本当にそうかな、と自分のことを省みた。何より後々の自分のためにならないかもしれない。気づいたら目の前にある作業をこなすのみで時間が過ぎ、血肉となるものが残っていないかもしれない。

のろまに見えても真面目にやる人たちのことを、ややもすると私はどこかで見下してしまっていたような気もする。その人たちの尊さにも気づかずに。私には職人(手仕事をなりわいにする人たち)を志すことをあきらめた経緯があるのだが、私の持つそういった性質を考えると、それは当然の選択であり成行だったのだろう。もっと、自分の持つ性質について知り、自分と異なる性質を持つ人たちを尊重したいものだ。そしてできるのであれば、その生き方に学びたい、と今夜の私は思うのだ。

 

charanporan42.hatenablog.com

 

何か選択をしないとならない場面に行き当たったときに直感で選んだり選んだ理由をうまく言葉にできなかったとしても、その選択を自分で引き受け、その道を歩みながら少しずつ言語化していく。振り返り振り返り、言葉にならなかった思いたちに言葉を与える。そうして考えながら少しずつ前に進んでいく。そんな風にしてこれからも生きていきたい。