私の仕事観
働きながら好きなことをする
今日は自分がいま行っている仕事について改めて考えてみた。人の役に立つことや考えることはいまの仕事ではできないのか。再度考えてみると、小さなことではあるものの、それなりに人と交わりながら誰かのために仕事をしているのだし、考えながら仕事をできるかどうかは私次第だという気がしてきた。
それから、他の職業に就く可能性も考えてみた。適性であったり年齢であったり、現実的なところで可能性は小さくなっている面があると感じた。ただ、これは現時点での可能性であって、これから先の生き方次第ではまだ見えない可能性だってあるはずだ。
これらを考えた上で強く感じたのは、自分の好きなことや得意なことをしたいという思いだ。それは、学びたい、考えたい、書きたいという何年も持ち続けている思いだ。
では、いまの仕事を続けることと、好きなことをすることは、二者択一なのだろうか。働きながら好きなことをするという選択肢はないのだろうか。そう考えていたら、あるラジオ番組で次のようなことを言っている人がいた。
生活は好きなことだけをするのではなく、色んな責任を果たしたり、困っている人を助けたり、色んなことを含めて生活だ。生活の中に働くことがある、と。
この言葉は至極まっとうに私の心に響いた。新しいことへの挑戦からの逃げではなく、私に与えられた持ち場で果たしていくべき責任もまたあるのではないか。覚悟を決めた上でいまの仕事と向き合えば、新たな景色を見ることができるのではないか。
今日はそんなことを考えた。明日はまたぜんぜん別のことを考えるのかもしれない。焦らずゆっくりじっくり考えていきたい。
最近考えていること
ここ2週間ほどずっと、仕事について考え続けている。私にとって仕事とは何か。私がやりたいことは何か。簡単に答えは出ない。でも何となく掴めてきたことは、私はもっと仕事を通して人の役に立ちたい、そのことを通して喜びを得たいと思っているということだ。何らかの形で「人」を相手にし、そしてじっくりと考えながら進める仕事がしたい。自分の持っているテーマの延長上にヒントがあるのだろうけど、まだ辿り着かない。いずれにせよ、そのテーマに関してもっと勉強が必要で、勉強だけでなく「人」と関わることが大切だ。この二つは車の両輪のようなもので、どちらも不可欠だ。答えが出ていないので尻切れトンボのような文章になってしまったが、今日はここまで。
私が思う母親の大変さについて
妊娠したときに読む本
<とりあえず一冊>
エッセイ
芥川賞作家が贈る妊娠・出産・育児エッセイ。読んだときは「最高の一冊に出会った!」と思った。当時まだ妊娠中だった私は、著者の妊娠期間のハードさを傍観者が眺めるようにして読み、出産と育児のハードさに怯えたものだった。しかしだからこそ最後は感動するのだ。おすすめ。
実用書
妊娠したはいいものの、何に気をつければいいのか、出産にはどれだけお金がかかるのか、何も知識がないという方におすすめ。季刊。
初めてのたまごクラブ2016年春号―妊娠がわかったら最初に読む本 (ベネッセ・ムック たまひよブックス)
- 出版社/メーカー: ベネッセコーポレーション
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<出産・育児が不安なとき>
エッセイ
読み終えたら、出産も育児も何とかなる気がしてくる。『きみは赤ちゃん』を読んで不安になった人におすすめ。
<経済的なことが心配なとき>
ムック
出産にかかるお金・出産でもらえるお金から、保険の入り方や住宅ローンの組み方まで。鵜呑みにするのはどうかと思うが、あくまで考えるとっかかりにするのに良いかと。年度ごとに新しいのが出る。
赤ちゃんができたら考えるお金の本 2016年版:ムック (ベネッセ・ムック たまひよブックス)
- 作者: たまごクラブ・ひよこクラブ特別編集
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<妊娠中の食事について知りたいとき>
レシピ本
妊娠中のレシピ本はいくつかあるが、私が使いやすかったのはこれ。後ろについている索引が使いやすい。
<無痛分娩について知りたいとき>
出産に痛みは伴うもの。一度無痛分娩という選択肢を考えてみても良いかも。ちなみに私はこの本を読んだ上で自然分娩を希望することに決めた。
<流産してしまったとき>
エッセイ
流産の悲しみは計り知れない。そんなとき、この本を読むと受け入れ方のひとつの方法をそっと差し出してくれるかも。
<マタニティブルーになったとき>
マンガエッセイ
つらいことはつらいと認めていいんだ、と思わせてくれる一冊。
<その他・小説3冊>
<その他・エッセイ3冊>
熊本地震を受けて私が考えたこと
今回の地震が発生して以来、私は自分と身内を守ることばかり考えていた。私には決定的に自分と家族や友人といった身内より外側にいる人たちのことを真剣に考えることが欠けているのではないか。いつもいつも自分が自分がばかりだから、私は立ち止まっているのではないか。
でもだから今すぐ救援物資を送るとか、募金するとか、そういうことだけではなくて、たとえば被災した一人の人のことを考え続けていくことが肝要だ。阪神淡路大震災のとき、東日本大震災のとき、考えた人は既に違うステージにいるのかもしれない。本当は何も考えてこなかったことを今回突きつけられた。
21年前、神戸から近所に引っ越してきてしばらくしてまたどこかへ行ってしまった一人の転校生はいまどういう人生を生きているのか。大切な人を突然亡くすというのはどういうことなのか。想像するしかできない。家族が、友人が…。人の痛みを自分の痛みとして捉えられているか?日々をそんな風に思いをもって生きているか?
私なりに考えて、長年寄り添った配偶者を最近亡くした叔母のところへ行くことにした。結局会えなかったけど、日常レベルの自分の実際の行動に落とし込んで物事を考える人でありたい。また行こう。